2006年10月の演奏会プログラムノート 曲目
Delight in Haydn 2nd ハイドンの楽しみ

ハイドンの鍵盤曲によるリサイタル、今回で二回目です。プログラムは異なるものの意図としては前回と同じですので、書かれる内容に違いはありません。ここに載せるのは一部の曲目解説だけにしてあります。どうぞご了承ください。
「ディヴェルティメント ホ短調」 どれがオリジナルの曲かについて未だ結論が出ていない、と言う意味では問題曲です。「ソナタ ヘ長調
Hob.XVI/47」の2、3楽章とこのホ短調の1、2楽章は移調されていることを除けば同じものなのです。ではなぜ今日の演奏会でへ長調の方を選ばなかったかと言いますと、1楽章がハイドンとは思えないくらいつまらなかったから、いや多分に個人的な理由で申し訳ないですが・・・。ちなみにこのヘ長調の1楽章、偽作とはされていませんが真作ともされていません。
「ソナタ ニ長調」 華やかでいかにも優雅という雰囲気を醸し出す下心満点の曲です。1780年、ウィーンのアルタリア社から出版された6曲のソナタ集に含まれています。実際に作られたのは1770年代前半と考えられています。先に述べた「ソナタ ハ短調
Hob XVI/20」も同じ曲集です。表題には当時の習慣として「ハープシコード、あるいはフォルテピアノのためのソナタ集」と書かれていますが、ピアノで作曲されたわけではありません。そもそも1770年前半では、ピアノの存在そのものが?です。さらにそもそもハイドンにとってそんなことはたいした問題ではないでしょう。それよりもまたしても献呈先は若い女性、当時ウィーンでクラヴィーア奏者として大変な人気を得ていたアウエンブルガー姉妹です。余談ですが、彼女たちの父親レオポルド・アウエンブルガーは「打診法」(診療の時に胸や背中を二本の指でトントンと叩くあれです)の発明者としても有名ですが、オペラの台本を書くほどの愛好家でもあったようです。アウエンブルガー姉妹に目をつけたのはハイドンだけではありません。これより数年前、レオポルト・モーツァルトも彼女たちを賞賛しています。
「ピアノトリオ ハ長調」 リサイタルなのになぜかピアノトリオです。ハイドンが作曲したクラヴィーアトリオのほとんどは、出版社の要望もあり、家庭内コンサート用と思われますが、1797年ロンドンで出版された3曲のクラヴィーアトリオ曲集(
Hob.XV/27,28,29)は唯一の例外でしょう。と言うのも、これらはロンドンの人気女流クラヴィーア奏者、バルトロッツィ婦人(テレーゼ・ジャンセン)に献呈されているからです。ドゥシェックなども曲を献呈しているところをみると、彼女は相当な腕前と思われています。ちなみにこれに先立つこと3年前、最後のピアノソナタ3曲(Hob.XVI/50, 51, 52)も同じ彼女に献呈されています。ハイドンは彼女の結婚の立会人にもなっているほど、親しい関係だったようです。ところで、肝心の「なぜかピアノトリオ」の説明をいたしましょう。ハイドンは1760年代から1790年代まで、頻繁にクラヴィーアトリオを作曲していますが、年代の後先や、対象がアマチュアであるかプロであるかを問わず、基本的には「ヴァイオリンとチェロの伴奏を伴ったクラヴィーアソナタ」でした。特にチェロパートの大部分は鍵盤楽器の左手と重なっていますので、少し手を加えれば鍵盤楽器単独で演奏することも可能なのです。これをほおっておく手はない、と言うのが取り上げた理由です。
「アンダンテと変奏 ヘ短調」 逃げも隠れもしない名曲です。ところで、以前の演奏会で「ソナタ 変ホ長調
Hob.XVI/49」を取り上げています。エステルハージ家の医者ゲンツィンガー氏の夫人のために書いた曲です。この夫人、アマチュア演奏家ですが、ハイドンにとっては友人以上の存在でもあったようです。その彼女が若くして1793年の1月に亡くなってしまいます。この曲がその年にかかれていることから、彼女の死を悼む作品ではないかと考えられています。一方、モーツァルトの弟子に献呈されている曲という一面もあるところから、1791年に亡くなったモーツアルトを偲んでいる、との説もあるようです。しかし、これまで見てきたハイドンから考えると、男よりは女のために書いているはず、と言うのは穿った見方でしょうか?
佐藤 裕一
コンサートに寄せて

今日、最後の曲である "
Andante con Variazioni" は 曲目解説にあるようにゲンツィンガー夫人が亡くなった悲しみの中にあるときに作曲されたと言われています。ハイドンの愛しい人であるとともに生徒でもあった彼女は手の交差を嫌っていました。実際 「ソナタ 変ホ長調
Hob. XVI/49」を彼女のために作った時、なんと2楽章の手の交差の所を直してくださいという手紙を送っています。テクニック的にはいとも簡単に見えるからかもしれませんが、彼女はメヌエットとトリオが大好きでした。ハイドンは彼女に気に入られたいために(たぶん・・・)最初にメヌエットとトリオを作り、その1年後に「あなただけのために
Adagio を作りました」それも手の交差だらけの・・・。
話がややこしくなってしまいましたが、何をお伝えしたいかと言いますと "
Andante con Variazioni" は彼女の嫌いな手の交差が頻繁に出てきます。短調と長調の繰り返し(私は悲しみと楽しかった思い出の交互に出てくる曲と勝手に解釈していますが)の中でハイドンは天国に行ってしまった彼女にもう一度手の交差をさせるレッスンをしたかったのかも知れません。ハイドンのたくさんある顔のうちの一つである陽気な「ピアノ・トリオ」と一緒に聞いて頂くことで、このまったく人間的な男の人生を少しでも感じて頂けたらと思っています。
岩淵 恵美子